篤姫の最近のブログ記事

鹿児島特産品通販ショップ ゆくさぁ?.jpの周辺にある篤姫ゆかりの地をこれまで、

第1回  篤姫館

第2回  篤姫ゆかりの地 ?生い立ち?

と書いてきましたが、今日が最終章です。

今日は、篤姫が徳川 第13代将軍・家定の元へ嫁ぐまでと関連するゆかりの地をご紹介したいと思います。


嘉永三(1850)年秋ごろ、当時、ふたりの夫人に先立たれていた徳川家定の夫人に関する打診が徳川家から

島津家にあり、島津本家は、嘉永六(1853)年に一子(篤姫)を当時藩主であった島津斉彬の実子として

鶴丸城に迎え入れます。

このとき、一子から篤姫と改名されました。

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鶴丸城跡


第十八代 島津家久によって、慶長七(1602)年築城された城です。

その後、代々の藩主の居城となりました。

篤姫はここで、江戸に出発するまでの約二ヶ月半を過ごしました。


篤姫が斉彬の養女となった同年8月21日、篤姫は鹿児島を出て江戸に向かいます。

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石橋記念公園


かつて甲突川に架設されていた石橋が移設保存されています。

画像の西田橋は、弘化三(1846)年に建造され、参勤交代の際に藩主も通る橋でした。

華麗な造りで、篤姫もこの橋を通って、鹿児島城下をあとにしたと思われます。

ちなみに、大河ドラマのロケ地にもなった場所です。

今回、篤姫ゆかりの地めぐりを三回にわたって書いてきましたが、

ご覧の通り、鹿児島特産品通販ショップ ゆくさぁ?.jpの周りには、自転車で移動できる範囲内

だけでも沢山の篤姫ゆかりの地があります。

とは言っても、1日でこれだけの場所を回ると、さすがに疲れてしまいました。

そんなときにオススメの逸品がこちらです。

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奄美名産 やわらか むち黒糖


むち黒糖の「むち」は、徳之島の方言で「餅」のことを指します。

黒糖は硬いものと思われがちですが、むち黒糖はお年寄りの方からお子様まで、お召し上がれる柔らかな黒糖です。

噛んだ瞬間ジュワっと香るサトウキビの風味と柔らかな食感は、これまでに味わったことがないような美味しさです。

一口食べただけで、その甘みが疲れを癒してくれます。

でも・・・美味しすぎて、なかなか一口じゃ終わらないんですよねぇ。笑

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篤姫ゆかりの地

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NHK大河ドラマ【 篤姫 】(第2回)が放送されました。

皆さん、ご覧になられましたか??


   篤姫とは、薩摩藩(鹿児島)島津家の分家に生まれたにもかかわらず、

   江戸幕府13代将軍 徳川家定の正室として

   大奥のトップに立った女性です。

鹿児島特産品通販ショップ「ゆくさぁ?.jp」の周辺には、

篤姫ゆかりの地が沢山あります。

この度、大河ドラマ放映に際して、ご近所にある篤姫ゆかりの地を探検してきました。


その中でも、今回は篤姫の生い立ちとともに、関連する史跡を紹介していきたいと思います。


天保6年(1835年) 篤姫は、薩摩藩(島津家一門 今和泉島津家)島津忠剛の娘として生まれました。

今和泉家の屋敷は、鶴丸城の東北に位置する大龍寺(現大龍小学校)の西隣にあり、

篤姫はここに生まれました。

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現在屋敷自体はありませんが、当時を偲ばせる石垣が通りに面して残っています。

現在、ドラマでも、篤姫の生家が度々出てくるので、ココが実際に篤姫が住んでいた場所かと

思うと、石垣を見ているだけで、感慨にひたってしまいます。

しかし、意外なことに、なんとこの場所・・・

大々的な案内板があるわけでもなく、石碑があるわけでもなく、

普通の民家なんです。ちょっと、びっくりしました。

ここから自転車で10分ほど離れた場所に福昌寺墓地があります。

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福昌寺は1394年、島津家の菩堤寺として開かれた曹洞宗の寺です。

現在は、山の麓に墓所が残り、第六代師久から第二十八代斉彬までの島津家歴代の墓が並んでいます。

この第二十八代島津斉彬の元に、1853年、篤姫は養女に入ります。

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島津斉彬と夫人のお墓です。

福昌寺には、藩主ばかりでなく、夫人や子女の墓もあるため、島津家の家紋が入ったお墓が

数えきれないくらいあり、本気で出口がわからなくなってしまいました・・・

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篤姫館オープン

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2008年 NHK 大河ドラマは、鹿児島が舞台です。

【 篤姫 】
                    
※「篤姫」の詳細については、NHK鹿児島放送局のホームページをご覧ください。


初回放送のあった1月6日、鹿児島市内に【 篤姫館 】がオープンしました。

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【 篤姫館 】は、篤姫の人物像や、篤姫が生きた時代背景を紹介している建物です。

早速、スタッフAも見学してきたので、皆さんにご紹介したいと思います。

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私が行った1月9日は、OPENからまだ4日目ということもあり、平日にもかかわらず、沢山の方が足を運ばれていました。

わくわくしながら、「ようこそ2008大河ドラマの世界へ」と書かれた入り口を入ると、一気に幕末の大奥にタイムトリップしたような気分になります。

エントランスには、「男子禁制!!江戸城大奥の御鈴廊下」を再現してありました。

御鈴廊下とは、将軍だけが歩けた大奥に通じる廊下のことです。

「将軍様おなり」の際に鳴らされる鈴が付いていることから、その名がつけられています。

入館して早々、絢爛豪華な大奥の世界に、うっとり。(残念ながら、館内撮影禁止のため、お見せすることができません。)

その他、
・撮影時の衣装や小道具
・出演者によるコメント映像
・歴史をつづったパネル
・「美をまとう 衣装でつづる大奥歳時記」と題したハイビジョンシアター
等など、盛り沢山の内容となっております。

その中でも、女性にとって1番嬉しいコーナーは、こちら

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篤姫居室セットを再現!
ここでは、ドラマで使用した衣装を実際に試着できます。

「あなたもお姫様に」って書いてあったんですが・・・まぁ、お姫様になったかどうかは置いといて。。
自己満足度だけは、たっぷりでした。
ちなみに、こちら、asahi.comによると、1億円がかりの仕掛けになっているそうです!!!

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こんにちは、南国人店長です!

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またしても久しぶりの更新です。

今年も残すところ1週間ですね。

あとはクリスマスと大掃除を残すのみです・・・

2008年、鹿児島はアツくなりそうです。

来年のNHK大河ドラマは、鹿児島が舞台の『篤姫』

篤姫とは、薩摩藩(鹿児島)島津家の分家に生まれたにもかかわらず、

江戸幕府13代将軍 徳川家定の正室として

大奥のトップに立った女性です。

詳しくは、NHKのホームページをご覧下さい。
http://www3.nhk.or.jp/drama/html_news_atsuhime.html

私たちは、鹿児島の会社として

大河ドラマを盛り上げていきたいと思っています。

そこで、ご注文頂きましたお客様へ『篤姫シール』を貼って、商品をお届けいたします。

かわいい篤姫シール!!

商品発送用のダンボールに私のシールと一緒にお客様のところへ配達されます。

☆こんな感じです☆

店長もよろしくお願いします!!

当ショップの『ゆくさ』の由来ですが、鹿児島弁で『ようこそ!』という意味です。

鹿児島の素晴らしい特産品を全国の皆様へお届けすることで、

鹿児島を盛り上げていきたいと考えています。

ゆくさ.jpでは新商品の発売も予定しています。

来年には、☆黒豚戦隊☆ 『黒豚まん』を発売したいと考えています。

こちらもかわいい黒豚ちゃん

黒豚の顔をした黒豚まん!

食べるのがもったいないと思いますよ。

黒豚まんが欲しい?

と言うかたは、店長までお申しつけ下さい!

■お問合せ
鹿児島特産品通販ショップ『ゆくさ.jp』
TEL 099-219-9720
E-mail info@yukusa.jp

特別に予約をお受けいたします。

料金、注文数などはお問合せ下さい。

鹿児島にはもっと、もっと、素晴らしい特産品がいっぱいあります。

生産者、製造者の方々がこだわって作った特産品をお届けしていきます。

これからもどうぞよろしくお願い致します。

ゆくさ.jp
店長より

こんにちは、ゆくさ.jp店長の小野です。

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鹿児島もそろそろ冬の訪れを感じられるようになってきました?

今年の冬は鹿児島がアツイ!!

2008年 NHK大河ドラマは鹿児島が舞台

「篤姫」

江戸末期から明治初期の物語です。

江戸幕府の第13代将軍・徳川家定(いえさだ)の正室となった女性です。

鹿児島でこの時代といえば、西郷隆盛や大久保利通などが有名ですが

今回は、まったく今までとは違った視点で描かれると思います。

【篤姫とは?】
篤姫は、薩摩・島津家の分家に生まれながら、江戸幕府の第13代将軍・徳川家定(いえさだ)の正室となった女性です。しかし、病弱だった家定は嫁いでから約1年半後に亡くなり、篤姫はわずか23歳で落飾して「天璋院」と号します。
将軍の跡継ぎをめぐる幕府内の凄まじい抗争、さらには、篤姫の故郷薩摩を中心とした反幕府運動の激化・・・。篤姫は大奥を預かる総帥として、明治維新の動乱の中、嫁ぎ先である徳川宗家のために、そして日本のために力を尽くしました。
また、江戸城に迫りくる西郷隆盛ら薩摩藩を中心とした新政府軍に働きかけ、無血開城の実現にも大きな役割を果たしました。
明治維新後は、徳川宗家を継いだ家達(いえさと)らの教育に専念し、未来の日本を支える人材の育成に心血を注ぎました。

詳しくは、NHK鹿児島ホームページ

鹿児島では、大河ドラマブーム

今年は宮崎が注目されましたが、来年は鹿児島

私たちも鹿児島の特産品を全国に発信していきます。

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